ANAの国際線には、少し不思議な「就航予定路線」があります。
羽田-サンノゼ線です。
ANAは羽田空港の国際線発着枠拡大に合わせ、2020年3月から羽田-サンノゼ線を開設する計画を発表していました。
ところが、新型コロナウイルスの世界的な流行によって就航は延期。その後、国際線需要が回復してANAの北米路線も次々と復便・増便されましたが、2026年8月現在も羽田-サンノゼ線は一度も就航していません。
しかも、その間に大きな変化がありました。
ZIPAIRが成田-サンノゼ線に就航したのです。
ANAが飛ばせないまま時間が経つ一方、同じ日本からサンノゼへ別の航空会社が新規参入したことになります。
では、ANAの羽田-サンノゼ線はいつ就航するのでしょうか。そして、なぜ6年以上も「未就航」のままなのでしょうか。
- もともとは2020年3月29日に就航するはずだった
- しかし就航直前にコロナが直撃
- コロナ後もANAは戻らず。しかしZIPAIRがサンノゼへ
- ZIPAIRだから成立するサンノゼ、ANAでは難しいサンノゼ?
- 理由① シリコンバレーの出張需要がコロナ前とは違う
- 理由② 約50km先にはサンフランシスコ空港がある
- 理由③ ユナイテッド航空の巨大ハブであるSFOを使える
- 理由④ サンノゼ空港自体も長距離国際線では難しい立場
- 理由⑤ 貴重な787をサンノゼに使うべきなのか
- ZIPAIR就航で、ANAにとってはさらに難しくなった可能性も
- それでも「羽田-サンノゼ」ならZIPAIRとは違う需要がある
- ではANAのサンノゼ便はいつ就航する?
- 6年間で「サンノゼ線を飛ばす理由」そのものが変わった
もともとは2020年3月29日に就航するはずだった
ANAが羽田-サンノゼ線を計画したのは、羽田空港の国際線発着枠が大幅に拡大された2020年夏ダイヤです。
当初の就航予定日は2020年3月29日。
サンノゼはシリコンバレーへの玄関口で、周辺にはApple、Googleをはじめ世界的なIT企業が集まっています。
ANAにとってサンノゼ自体も新しい就航地ではありません。
コロナ前には成田-サンノゼ線を運航しており、2020年の羽田線開設は、実質的に成田からより利便性の高い羽田へ移す意味合いもありました。
しかし就航直前にコロナが直撃
ところが、タイミングがあまりにも悪すぎました。
就航予定だった2020年3月は、新型コロナウイルスによって各国が渡航制限を強化し、国際線需要が急速に消滅した時期です。
ANAも既存国際線の大規模な減便・運休を余儀なくされ、新しいサンノゼ線を飛ばせる状況ではなくなりました。
こうして羽田-サンノゼ線は、定期便として一度も運航されないまま就航延期となります。
コロナ後もANAは戻らず。しかしZIPAIRがサンノゼへ
ここまではコロナという明確な理由があるので、特に不思議ではありません。
興味深いのは、その後です。
日本の水際対策が緩和され、国際線需要が回復すると、ANAも北米路線を次々と復便させました。
それでもサンノゼ線は復活しません。
その一方で、JALグループの国際線LCCであるZIPAIR Tokyoが2022年12月に成田-サンノゼ線へ就航しました。
これはかなり象徴的な出来事です。
「コロナ後のサンノゼには日本からの直行便を成立させられるだけの需要がない」というだけなら、ZIPAIRも参入しにくいはずです。
ところが実際には、ZIPAIRはサンノゼを北米ネットワークの就航地として選びました。
つまり、サンノゼという市場そのものが完全に消えてしまったわけではないのです。
ZIPAIRだから成立するサンノゼ、ANAでは難しいサンノゼ?
ここで重要なのが、ANAとZIPAIRでは同じ東京-サンノゼでも狙っている市場が異なることです。
ZIPAIRはフルサービスキャリアより運航コストを抑え、座席指定や機内食、受託手荷物などを必要に応じて購入するLCC型のビジネスモデルを採用しています。
そのため、観光や友人・親族訪問など価格を重視する利用者も取り込みやすく、「安ければサンノゼへ直接飛びたい」という需要を狙えます。
一方、ANAが羽田から長距離国際線を飛ばすのであれば事情が違います。
羽田の貴重な発着枠を使い、ビジネスクラスなど高単価の座席を含む機材を投入する以上、相応の収益性が求められます。
「飛行機を満席にできるか」だけでなく、「高い運賃でも利用する旅客をどれだけ集められるか」が重要になるわけです。
理由① シリコンバレーの出張需要がコロナ前とは違う
ANAのサンノゼ線を考えるうえで大きいのが、ビジネス需要の変化です。
サンノゼ線の強みは、シリコンバレーへのアクセスにあります。
しかしコロナ禍をきっかけにオンライン会議が一般化し、企業の海外出張に対する考え方も変わりました。
観光需要が戻っても、「会議のために日本とシリコンバレーを往復する」という高単価な出張需要まで、まったく同じ形で戻るとは限りません。
価格重視の需要を取り込めるZIPAIRには成立しても、ビジネス需要も重要となるANAでは採算ラインに届かない――そんな違いがあっても不思議ではありません。
理由② 約50km先にはサンフランシスコ空港がある
サンノゼ最大の弱点とも言えるのが、すぐ近くにサンフランシスコ国際空港(SFO)があることです。
サンノゼ国際空港(SJC)とサンフランシスコ国際空港は直線距離で約50km。
クパチーノやサンタクララなどシリコンバレー南部へ向かうならサンノゼ空港の方が便利ですが、SFOからアクセスできない距離ではありません。
そしてANAはすでに羽田-サンフランシスコ線を運航しています。
限られた長距離機材を使ってSFOとSJCの両方へ飛ばして需要を分散させるより、サンフランシスコへ集約する方が効率的という判断は十分に考えられます。
理由③ ユナイテッド航空の巨大ハブであるSFOを使える
さらにANAには、ZIPAIRにはない大きな事情があります。
ユナイテッド航空との共同事業です。
ANAとユナイテッド航空は日本-北米路線で共同事業を行っており、ネットワーク全体で旅客を運ぶことができます。
サンフランシスコはユナイテッド航空にとって西海岸を代表する巨大ハブです。
羽田からSFOへ旅客を運べば、サンフランシスコ周辺が目的地の利用者だけでなく、ユナイテッド航空の国内線へ乗り継ぐ利用者も取り込めます。
対するサンノゼは目的地としての利便性こそ高いものの、乗り継ぎハブとしての価値ではSFOにかないません。
ANA単体ではなくANA・ユナイテッド航空のネットワーク全体で考えるほど、SFOへ集約するメリットが大きくなります。
理由④ サンノゼ空港自体も長距離国際線では難しい立場
これはANAだけの問題でもありません。
サンノゼ空港はシリコンバレーの中心部に近いという非常に魅力的な立地を持つ一方、サンフランシスコ国際空港が近すぎるという難しさを抱えています。
短距離路線なら両空港を使い分ける意味がありますが、大型機を長時間飛ばす国際線では、一つの空港へ需要を集中させた方が効率的な場合があります。
その意味では、低コストで運航するZIPAIRが成田から狙う市場と、ANAが羽田から狙う市場を同列には比較できません。
理由⑤ 貴重な787をサンノゼに使うべきなのか
長距離路線では、機材の問題もあります。
羽田-サンノゼ線を継続的に運航するには、ボーイング787などの長距離機材だけでなく、パイロットや客室乗務員、整備体制も必要です。
航空会社にとって重要なのは、「サンノゼ線単体で黒字になるか」だけではありません。
その787を別の都市へ飛ばした場合と比べて、どちらが儲かるのかを考える必要があります。
ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、欧州、アジアなど、長距離機材の投入先はいくらでもあります。
その競争の中でサンノゼの優先順位が上がらないことが、未就航が長期化している一因と考えられます。
ZIPAIR就航で、ANAにとってはさらに難しくなった可能性も
そして少し皮肉なのが、ANAが就航を延期している間にZIPAIRが参入したことです。
ZIPAIRの存在は「サンノゼには日本路線の需要がある」ことを示す一方、ANAから見れば競争相手が一社増えたことにもなります。
しかもZIPAIRは低価格を大きな武器にできます。
ANAが羽田という立地とフルサービスを武器に差別化できるとはいえ、東京-サンノゼの直行需要をすべてANAが取り込めるわけではありません。
さらにANA自身にはSFO線があり、共同事業パートナーのユナイテッド航空も存在します。
そう考えると、2020年に計画したときよりも、2026年現在の方が「わざわざANAがSJCへ飛ばす理由」を説明するハードルは上がっているのかもしれません。
それでも「羽田-サンノゼ」ならZIPAIRとは違う需要がある
もちろん、ZIPAIRが就航しているからANA便は不要という話でもありません。
最大の違いは羽田発着であることです。
東京都心からのアクセスを重視するビジネス利用者にとって、羽田から直接サンノゼへ飛べるメリットは大きなものがあります。
さらにANAならビジネスクラス、ラウンジ、マイレージ、国内線接続など、ZIPAIRとは異なる商品を提供できます。
つまり同じサンノゼ線でも、
- ZIPAIR:成田発着+低価格を武器にレジャー・価格重視需要を取り込む
- ANA:羽田発着+フルサービスでビジネス・高単価需要を狙う
という棲み分けは十分可能です。
問題は、その高単価需要が787と羽田枠を投入するほど存在するのか、という一点でしょう。
ではANAのサンノゼ便はいつ就航する?
結論として、2026年8月現在、ANAから羽田-サンノゼ線の具体的な就航日は発表されていません。
すでに発表から6年以上が経過しています。
ここまで来ると、「コロナで延期されているから、需要が戻ればそのうち飛ぶ」と単純に考えるのは難しくなっています。
2020年と2026年では航空市場そのものが変わりました。
企業出張のあり方は変わり、ANAはサンフランシスコ線を運航し、そしてサンノゼにはZIPAIRという新しい日本直行便も登場しました。
6年間で「サンノゼ線を飛ばす理由」そのものが変わった
羽田-サンノゼ線は、単純に「コロナのせいでまだ飛んでいない路線」と考えると少し分かりにくい存在です。
2020年当時には合理的だった計画が、6年以上の時間を経て、それでも合理的なのかをANAが改めて判断する段階にあると考えた方が自然でしょう。
特に興味深いのは、ANAが就航できなかった期間にZIPAIRがサンノゼへ飛び始めたことです。
これは「サンノゼ市場は成立しない」という説明を難しくする一方で、ANAにとっては新たな競争環境が生まれたことも意味します。
シリコンバレーへのビジネス需要がさらに回復すれば、羽田発着という圧倒的な利便性を武器にANAが就航する可能性は残されています。
一方、サンフランシスコ線とユナイテッド航空のネットワークで十分に需要をカバーできるのであれば、サンノゼへ貴重な羽田枠と長距離機材を投入しないという判断も合理的です。
2020年に「飛ばす」と決めた羽田-サンノゼ線を、2026年のANAも本当に必要としているのか。
「いつ就航するのか」だけでなく、最終的に本当に就航するのかというところまで含めて、今後の発表に注目したい路線です。


